ノーベル賞の発表の数ヶ月前からずっと読みかけで放置していた『The Remains of the day』、ようやく読了です。
賞の発表を機にまた読み始めて以来、毎晩寝る前に少しずつ…。

本作を読み始めたきっかけは、映画版と併用でイギリス英語に親しみたかったから。
いつもDVDなどで映画を見ていて、まぁ 聞き取れないんですね。けっこう会話は出来ると思うんだけど、だから実際に人と会話する場合はジェスチャーや予備知識に助けられる面もありながらも、聞き取れない、何を言ってるかわからないって事はほとんどないのに、映画で見ると字幕なしでは (ー’`ー;)うーん・・・全くわからないわけじゃないけど、分らない度が増す…

って考えてたら 『アメリカ英語はききにくい』ってとあるヨーロピアンが言うので、そうなの?じゃあ イギリス英語の方が聞き取りやすい?っていう流れでですね、手頃なイギリス英語の作品はなんだ!?あんまり早くなくて、うるさくなくて(笑)
で、The remains of the dayにいきついたわけで。少しずつ聴いたり読んだりしておりました。

結局、映画を見るより本を読む方が好きなので、あとスキマ時間に読んだり、場所も選ばないし…本の方が先に読み終わりました^^

期待通り、淡々と落ち着いた雰囲気で展開される執事の昔語り。
当時の世界情勢なども交わりながら、使用人同士の緊張感なども執事らしく、というか彼の人柄なんでしょうが、一歩引いた感じで静かに語られていきます。
取り立ててショッキングな事件があるわけでもなく、でも水たまりに石を投げたときのように、小さな波紋が広がって重なり合って…

何よりも見事だったのは、最終章。
それまで淡々と語られてきた諸々、そのトーンは変わらないまま、語り口は変っていないのに
そこまでのすべてが美しく芸術的に収束されてまとまっていきます。
そこへきて読者は『ああ!』と。
見事です。
これはストーリーがどうの、登場人物・背景がどうのではなく、
作者の手練、もちろん凝った趣向を凝らしたりではないのですが、本当に完璧に完成された文学作品。
お話し、ストーリー、小説ではなくて『作品』と呼ばれる価値のあるもの。

私の拙い言葉ではこの絶妙な完成度を表現できなくてもどかしいですが、本当に文学作品を味わいたい方へ。
翻訳ものではなくて、原文で読めて良かった、
そして、英語自体が本当にプレーンなきれい、特別難しい表現や複雑な書き方をされていないので、英語の本を読み慣れない方にも読みやすいかも知れません^^



さて、以前に購入したこちら、読み終えてしばらく経ちますがようやく感想というか読後感。
副題に『小野小町物語』とありますが、元々この物語は小町という確証があったわけではなく、単に伝承によると小町の物語かも知れない、実際にはどちらかというと『まぁ小町って言っておいてもいいんじゃないの、その方がセンセーショナルだし』みたいなニュアンスで小町物語といわれてきた感じで。
ストーリー的にはほとんどなく(ぇ)、道端で出会った惨めな老婆が過去の美しく華やかだった頃を語り、さらに落ちぶれていく様を語っていく、数々ある諸本の中にはさらにそこから仏門に入ることの奨励的な部分があったりするようです。本作に収録されたものにも、仏云々のところがあったので、やはり昔はこの物語を使って人生の無常観とか仏教の教義とかを説いたのでしょう。
主人公の老婆が醜ければ醜いほど、そしてその過去の姿が美しければ美しいほどその対比は強く印象づけられて物語中で語られる無常観はより効果的にアピールされることになります。私なんて読む前からもう羅生門の死体から髪の毛をむしってる老婆が脳裏に浮かんでました(笑)黒澤映画を思い出しながら『あれが、小町かぁ。。。(勘違いです)』なんて考えてるわけで。女性にとってはほとんどホラーですよね、若いイケイケの美人の成れの果てが・・・キャーッ!!(*ノェノ)恐怖。そうならないように女性は日々エステやらフェイスケア・ボディケアと様々な手をつくしているわけですが。
この老婆のように身寄りもない、お金も家もないでは何も出来ません、着るものもないんですから。
あー、そういえば昨年まで働いていたところの周辺では『布(ぬの)』と我々が呼び習わしたホームレスの女性がいて、髪の毛がドレッド化したものが幅広く結合してさながら自毛のクッションのように厚みと幅のある独特なスタイルになっていたので『布』と呼ばれていたようですが、彼女はその髪の毛をまさに座布団代わりにして路上に座っておいででした。着るものはどこかで貰うらしく、時々新調されていましたが、靴は難しいのかよく片方だけ裸足で歩いている姿を見かけました。
突然の閉店→従業員解雇であぶなく一歩間違えたら自分も布生活になっちゃうところでしたが、何とか仕事出来ててセーフ。

それはともかく本書の最後には九相詩(人がなくなってからの死体が朽ちていくようすを九段階にわけて著した詩)も掲載されていました。
こちらは以前京極作品のカバー裏で見ていたのですが、実際に読むのは初めて。
影印で掲載されていますが読み下し文もついているので(あ、挿絵もね)読みやすく漢文が読めない方でも大丈夫です。
この本全体が、漢詩がメインですが読み下し文のおかげで普通に読めます。訳だけだと原文の音やリズム、雰囲気などが上手く感じ取れなかったりするので、やはり原文が一緒に読めるのは嬉しい。
注釈もとても丁寧についているので、一語一語確認して読みたい方にも、またざっと雰囲気やストーリーを感じたい方にも、いろいろ読み手のスタイルに合わせて読めると思います。さすがの岩波文庫です。



虚実ってところに微妙にひっかかって手を付けていませんでしたが、ようやくちょっと読んでみました。
京極作品は好きなんですが、ところどころ軽くあしらわれてしまってるようなやっつけ仕事(失礼)が見られるので、または単に私の好みではない作品がと言う方がフェアでしょうか、ともかく全部の京極作品を手放しで大喜びで読む、というわけにはいかなくて。
要するに私は百鬼夜行シリーズと巷説、そして嗤う伊右衛門からの古典シリーズ(勝手にそう呼ぶ)のスタイルが好きなんです。
それゆえ本作は読むか読まないかちょっと慎重に吟味してしまいました。

結果?
やはり半々で、未だに自分がこの作品の続きを読みたいのか、読みたくないのか決められないでいます。
時間とお金がたっぷりあったら読みます^^ きっぱり。
お金がなくても時間があったら 読むと思う(でも通常の京極作品にくらべてコスパが低いので中古で安くなってからが良い)

読み続ける動機としては
妖怪絵巻の歴史考察と、現れてくる妖怪たちが、妖怪初心者の私にはまだ知らないものもあって興味深い。

なんだろう、変にパラレル化しないで書けたらベストだったのに…とは思います、が、、、、
逆にこの舞台裏感覚を喜んでいる読者も多いのかもしれませんね。

ある映画を観てたまらなく好きだと思うのと
映画の出演者をたまらなく好きだと思うのは次元が違った話で。
映画が好きだからと言って、出演者の私生活までのぞきたいと思うか否かは個人個人で意見のわかれるところです。
私生活まで知りたい、居場所がわかるなら会いに行っちゃう!っていうのはタブロイド的で多数の支持者がいるんだろうなぁ。。。
そのあたりのニーズに応えた作品なのかも知れませんね。

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