さて、以前に購入したこちら、読み終えてしばらく経ちますがようやく感想というか読後感。
副題に『小野小町物語』とありますが、元々この物語は小町という確証があったわけではなく、単に伝承によると小町の物語かも知れない、実際にはどちらかというと『まぁ小町って言っておいてもいいんじゃないの、その方がセンセーショナルだし』みたいなニュアンスで小町物語といわれてきた感じで。
ストーリー的にはほとんどなく(ぇ)、道端で出会った惨めな老婆が過去の美しく華やかだった頃を語り、さらに落ちぶれていく様を語っていく、数々ある諸本の中にはさらにそこから仏門に入ることの奨励的な部分があったりするようです。本作に収録されたものにも、仏云々のところがあったので、やはり昔はこの物語を使って人生の無常観とか仏教の教義とかを説いたのでしょう。
主人公の老婆が醜ければ醜いほど、そしてその過去の姿が美しければ美しいほどその対比は強く印象づけられて物語中で語られる無常観はより効果的にアピールされることになります。私なんて読む前からもう羅生門の死体から髪の毛をむしってる老婆が脳裏に浮かんでました(笑)黒澤映画を思い出しながら『あれが、小町かぁ。。。(勘違いです)』なんて考えてるわけで。女性にとってはほとんどホラーですよね、若いイケイケの美人の成れの果てが・・・キャーッ!!(*ノェノ)恐怖。そうならないように女性は日々エステやらフェイスケア・ボディケアと様々な手をつくしているわけですが。
この老婆のように身寄りもない、お金も家もないでは何も出来ません、着るものもないんですから。
あー、そういえば昨年まで働いていたところの周辺では『布(ぬの)』と我々が呼び習わしたホームレスの女性がいて、髪の毛がドレッド化したものが幅広く結合してさながら自毛のクッションのように厚みと幅のある独特なスタイルになっていたので『布』と呼ばれていたようですが、彼女はその髪の毛をまさに座布団代わりにして路上に座っておいででした。着るものはどこかで貰うらしく、時々新調されていましたが、靴は難しいのかよく片方だけ裸足で歩いている姿を見かけました。
突然の閉店→従業員解雇であぶなく一歩間違えたら自分も布生活になっちゃうところでしたが、何とか仕事出来ててセーフ。

それはともかく本書の最後には九相詩(人がなくなってからの死体が朽ちていくようすを九段階にわけて著した詩)も掲載されていました。
こちらは以前京極作品のカバー裏で見ていたのですが、実際に読むのは初めて。
影印で掲載されていますが読み下し文もついているので(あ、挿絵もね)読みやすく漢文が読めない方でも大丈夫です。
この本全体が、漢詩がメインですが読み下し文のおかげで普通に読めます。訳だけだと原文の音やリズム、雰囲気などが上手く感じ取れなかったりするので、やはり原文が一緒に読めるのは嬉しい。
注釈もとても丁寧についているので、一語一語確認して読みたい方にも、またざっと雰囲気やストーリーを感じたい方にも、いろいろ読み手のスタイルに合わせて読めると思います。さすがの岩波文庫です。



なんの連想か忘れてしまったけれど、突然、いや、その前に何か折口信夫の『死者の書』が脳裏をよぎったのは記憶にある。そこから、連想ゲームは『身毒丸』へ行き、そして卒塔婆小町が私の脳内に降臨した。
確か三島由紀夫の『近代能楽集』で読んだと思うが、なんだかあまり印象に残っていない。

もっとがっつり原型に近い形で読んでみたい、卒塔婆小町。
たぶんお彼岸に入って、彼岸花が咲き始め、先週はお墓周りに彼岸花を撮りにいき、現像してスキャンして…な最近だったので、卒塔婆小町がまた接近遭遇してきたのでしょう。



で、忘れないうちにさっそく検索。
まぁ本当に古いものになると私の国文学読解能力的に読めないので、岩波文庫の『玉造小町子壮衰書―小野小町物語』杤尾 武 (著)を購入です。
どうやら卒塔婆小町にはその前に原型があって、それが変形アレンジされていくつもの亜種が出来ているらしく、それらのもとになったと思われるのがこの玉造小町らしい。
玉造小町字体も写本などの段階でいろいろ改変が加えられたりしていて、タイトルも内容もいろいろあるようですが、研究者ではないので^^;
とりあえず、信頼感と期待感で岩波文庫。
あー、つまり、信頼感=岩波文庫だから内容的にはしっかりしているはず。期待感=岩波文庫になっているくらいだから私にも読めるはず。
でございます。

届くまで中が漢詩になってるとは知りませんでした^^;
一応、学生時代は漢文は得意でしたが、こん会は訳文と脚注付きなので問題なく。

寝る前にちょっとずつ読もう…のつもりが読み始めると寝られなくなっちゃうんですよね、トホホ
漢詩なんだけど読みだしたらやっぱり面白いんですよ、これ。

とりあえず、読了まで内容報告は保留ってことで。